ヨーンの悩み 【黒猫の宅急便】

「弱りましたねぇ……」

 ヨーンは悩んでいた。異世界から『この世界』に訪れて、その差異に困惑したのは、これが初めてと言っても過言ではないほどに、である。

 異世界――ヨーンがいた世界には、こちらの世界からの沢山の転移者がいた。
 多くのこの世界の人々は、『異世界』に憧れを抱いているらしい。

 妻となった愛する女性が、社長をしている会社について耳にしている内に、己にも出来る事があるのではないかと考えたヨーンは、その『憧れ』の部分に着目した。

 この世界の言葉で述べるならば、『剣と魔法のファンタジー』。それらのアイテムに、多くの人間は羨望と憧憬を抱いているのだと、気づいた結果である。

 ――ならば、異世界の品を取り寄せて、販売してはどうだろうか?

 そう考えてからのヨーンの行動は、早かった。剣をはじめとした魔道具を、元々いた世界から取り寄せた。そこにはただの商売をして金銭を得たいという思いだけではなく、
 『この世界の人々を喜ばせたい』という確かな思いがあった。尤も……魔力や魔術の素養がなければ、それらのアイテムは力を発動しないとは言え。

 それでも申し込みは、すぐにあった。思わず両頬を持ち上げて、無事に品を愛用してくれる人々に届けばいいと考えた。そこまでは……良かったのだが。

「どうやってお届けすれば良いのでしょうね……」

 ヨーンは頭を抱えた。注文を受けても、それを届ける手段が思いつかなかったのだ。ヨーンは、この世界の事柄には、まだまだ疎い。
 溜息をつきながら、ヨーンは、『ぱそこん』というこちらの世界の文明の利器を操作していた。簡単な操作だけは、周囲から習ったのだ。

「『あまぞん』……」

 まずは、自分と同じような品は、どうやって販売されているのか調査しようと検索した結果、ヨーンは、『あまぞん』というWebサイトにたどり着いた。
 そこには魔術関連だと謳う様々なアイテムが並んでいる。

「……あまり力があるようには思えないのですが……『あまぞん』は、どうやってお届けしているのでしょうか?」

 しかしバナーをクリックしてみても、いまいち配送方法は分からなかった。項垂れたヨーンは、気分転換をしようと、何気なくテレビを見る。
 すると、丁度一つのアニメーション番組が始まった所だった。

「魔女の宅急便……?」

 流れ始めた箒に乗る少女がお届け物をする日々を見て、ヨーンは目を丸くした。
 魔女のように魔力がある人間ならば、ヨーンの扱うアイテムに理解もあるだろうし、何より真剣にお仕事をしているリボンをつけた少女に感銘を受けた。

「このサービスは、どこがやっているのでしょう?」

 こうしてヨーンは、魔女の配達人を探し始めた。
 しかし結果は……散々たるものだった。全く見つからないのだ。黒猫を連れた魔女は、現在お仕事をお休みしているのかもしれない。
 いいや、まだまだ新米だとテレビでは語っていたから、もうやめてしまったのかもしれない。

 悲しい気持ちになりながら、その日、ヨーンは眠りに就いた。

 ――翌朝。
 ヨーンは、早起きをした。この世界の日常を知る事もまた、ヨーンの日課である。

 ヨーンは、この世界が好きだった。
 だから、様々な事が知りたいのだ。その時、街猫が、ヨーンの前を横切った。それを見て、ヨーンは苦笑する。

「昨日のテレビが忘れられませんねぇ。ああ、けれど……とはいえ、彼女は新米……ほかにも同じような業者がいるかもしれませんね。諦めずに探すとしましょうか……」

 そう呟きながら歩いていると……ヨーンが目指していた公園のそばの家の前に、一台のトラックが止まった。何気なく視線を向け、ヨーンは目を瞠る。
 その車体には、黒猫のマークが描かれていたからだ。見ていると、降りてきた荷物を運ぶ青年が、その家の呼び鈴を押した。

「宅配便です」

 ――!
 やはり、宅配便の業者であるらしい。乗り物は箒ではないけれど、マークも黒猫だ。昨夜目にした魔女が連れていた猫と同じ、黒色の猫だ。
 あの少女はお仕事をお休み中なのかもしれないが、黒猫は働いているのかもしれない。

 公園に行くのも忘れ、ヨーンは帰宅した。
 そして慌ててパソコンを起動する。そして『黒猫の宅配便』について、検索してみることにした。
 すると沢山の、宅配便サービスの案内が掲載されているWebサイトが見つかった。

ヨーンもまた、異世界由来の商品をオンラインショップで売る事に決めていたから、ある程度の配送方法も分かったが――何より、そのサイトは分かりやすい。
 そして、昨日見たものと同じ、黒猫が宅配をしてくれるという内容だった。トークアプリで配達状況を確認すれば、「にゃぁ」と答えてくれるとまで書いてある。
 この世界の猫は頭が良いのだろう。

「ここに決めるとしましょうかねぇ」

 満足そうにヨーンが両頬を持ち上げた。こうしてこの日、ヨーンは『黒猫の宅配便』と契約を結ぶに至ったのである。異世界の品を、みんなに届けるために。そのための、大きな一歩だった。